■日刊政経 新年特集号
「収縮と拡張」
 (2009.1 掲載)
■日刊政経 夏季号
「クンもグーもマールもテッペイも」

 (2008.8 掲載)

■日刊政経 冬新年号
「青森からの風」

 (2008.1 掲載)

■日刊政経 夏季特集号
「時がくれば――」

 (2007.8 掲載)
■日刊政経 春号 「背骨体験」
 (2007.4 掲載)
■日刊政経夏特集号
「脳外科医と地方の医療」

 (2006.8 掲載)
■日刊政経夏季特集号
「日暮橋とグラスビール」

 (2005.8 掲載)
日刊政経新年号
  イカとスルメの評判

 (2005.1 掲載)
日刊政経夏号価値観と比較
 (2004.8 掲載)
日刊政経新年号さらば時代
 (2004.1 掲載)
■開院にあたり思う「陣屋通り」
 (2003.8 掲載)

「イカとスルメの評判」


  ある人によれば、 「最近はスルメ学者が多くて何でもデータにしてしまって、生きたイカを
扱うことが少ない」とか。つまり新鮮なデータが少ないということなのであろうが、実感として
は、そういう圧縮データでも干物データでも何か頼ってしまうことが多いようである。
スルメだって貴重なデータであって欲しいという願望も大きいし、人が何かを始めるには、過
去の成功法則に乗ってしまう方がてっとり早い。しかし、現実的にはそんな成功体験自体が
陳腐そのもので、日々の変化への対応ができないから、 毎日イカ釣り船が運んでくる「生イ
カ」をみるべきだという論調である。
  イカだって魚体が小さい場合もあるし、見栄えが大きいときもあるであろう。 その日によっ
て、埠頭のにぎやかさも違うであろう。同じように毎日見上げている函館山が、気持ちよく感
じるときもあれば、さりげない風情と思ったりするときもあるかも知れない。
繰り返しの毎日が貴重と思えれば、その人は幸せであるけれど、生きたイカを見極めるのは
時に困難であるし生を扱うことのリスクも大きい気がする。
  日々の変化に対応可能なデータとそれに基づく分析と結論、 展望といっても成功というの
は何であろうかと思う面もあったりする。つまり大きな満足を得る“幸せ”の基準は、変容して
きている。豊かさの尺度が、健康であったり、余暇であったりするわけであるがこれまで本当
に豊かさは享受できていたであろうか。もっとおおらかで、明るさを呼び込める世間が望まれ
るが。
  小梅がいった。
  「イカとかスルメといっても、ケーキとかイチゴでないとピンとこないかも」と。

  「鉄のオタクゴン」

  鉄のヘキサゴンだかオクタゴンだかは忘れたが、 鉄壁のリンク、サポート組の強さは大き
い。基本的には一人では生きていけない世情ではあるが、困ったときに出てくる 「白馬の騎
士」はそうそうはいない。誰でも体調が不良になった時を想像してみて欲しい。
どれだけの人が駆けつけるであろう。どれだけの人が親身になってくれるであろうか。
人には加齢と錆の運命があり、錆び付くのはどうしようもない。 錆びた鉄パイプがよみがえ
るようにならないかと考えるけれど、生きた証そのものを変えるのは困難である。
 「あいつは無理をしていたからなあ」
 「自分に都合のいいときは、なじめるけどそうでないときはさっぱりだったからなあ」
 「自己管理ができていない奴だったんだよ」
  男には無理をしなければならないときもあるし、 我慢だって義理だって旧い旧いしきたり
を大切にする柔軟性が大事なんだといったって、あとの祭りである。弱ってしまえば、 迫力
がなくなるのである。世代交代とか何とかいっても、分かり合えるのは身内だけなんてしみ
じみ思うのが関の山である。
  脳の血管の動脈硬化という現象は幼少児でもあるそうである。時とともに錆び付き、血管
内皮が傷つき、弾力性の喪失、血流の途絶が起こってくる。そういった動脈硬化の原因とし
て内臓肥満が挙げられている。すなわち脂肪の蓄積が内分泌的に働き、 動脈硬化を抑制
する物質と拮抗するということである。要するに脂肪が悪いということであるが、現実問題と
しては肥満をなくせ、太るなという医学的至上命令が発せられている。
つまり自己管理ということであるが、これはどうしてどうして難しい。鉄のオクタゴンならず鉄
のオタクゴンを形成する必要がある。すなわち、 飲み会には誘ってくれるなというお触れを
出して、和食にして、仕事は適当に切り上げて、 早起きして運動、なるべく車を避けて、
会議は30分以内にして、とにかく汗をだして、水分を摂るということである。
要するにその人にあった「8つの体にいいこと」を考えればいいわけであるが。
からだに関して、サポートする体制は組織的には中途半端である。 予防医学といっても実
感としては十分でない。医者は、病気になってはじめて出動することが多いのである。
  吉政はぼそーといった。
「そんな好き勝手なことしたら、会社首になってしまいますよ。いつも残業ですから。
そしてビール会社にも悪いじゃないですか。先生は口だけなんだから」と。

  「名前と郷愁と歴史」
  大政奉還以来、地名の変更が何度かあった歴史がまたひとつうごめいている。
区画整理での地番変更の範囲でないところがすごい。 真砂町や恵比寿町がなくなるどこ
ろの話ではない。南茅部も恵山も椴法華、 戸井と由緒ある地名はどういう形で残るのであ
ろうか。どうも経済的理由が大合併の根拠という風評がいけない。 都市銀行の合併と重な
り合うからであるが。いずれにせよかつての名前が何らかの形で継承されていくとは思う。
函館市恵山区○○町なんてのが、一番かっこいいと思ったりもしたが勝手に区は作れない
らしい。
  函館市内の医療施設は、殆どこれまで市内のみならず周辺町村の医療にも関与してき
た経緯がある。医師会でいえば、 市医師会と渡島医師会というのがあるがほぼ共同戦線
である。それだけなじみのある地域ではあっても交通アクセスとしての遠い近いの差は大
きい。地域の独立採算を考えると、今後も医療施設も含めて吸収合併が繰り返されるのか
もしれない。一時的な事務上の煩雑さがあるが、企業論理からすれば、 今は比較的に受
け入れやすいともいえる。突然会社名が変わったりすることは、 日常茶飯事であるからで
ある。
全市内的にという考えが、建前ではあるがいろいろなガタガタを経験して、うまく収斂してい
くかもしれない。遠い近いは、通信インフラの整備で何とかなって欲しいものである。
病院もクリニックもネットワーク化されて、どんどん電子化されてきている。
カルテも紹介状も手術記事でも何でも記録媒体に放り込まれている。郷愁は感情であるが、
歴史は事実であって、常にアトを考えなくてはいけないのであろう。
  また手術ビデオの編集をしなくてはいけない。要領よく記録がきちんと残るように。
  しのぶがいった。
「小さな喜びが一番ですよ。これからは私も函館出身ですからね。そこのところをよろしく」と。
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