■日刊政経 新年特集号
「収縮と拡張」
 (2009.1 掲載)
■日刊政経 夏季号
「クンもグーもマールもテッペイも」

 (2008.8 掲載)

■日刊政経 冬新年号
「青森からの風」

 (2008.1 掲載)

■日刊政経 夏季特集号
「時がくれば――」

 (2007.8 掲載)
■日刊政経 春号 「背骨体験」
 (2007.4 掲載)
■日刊政経夏特集号
「脳外科医と地方の医療」

 (2006.8 掲載)
■日刊政経夏季特集号
「日暮橋とグラスビール」

 (2005.8 掲載)
日刊政経新年号
  イカとスルメの評判

 (2005.1 掲載)
日刊政経夏号価値観と比較
 (2004.8 掲載)
日刊政経新年号さらば時代
 (2004.1 掲載)
■開院にあたり思う「陣屋通り」
 (2003.8 掲載)


「収縮と拡張」


 金融収縮、経済収縮などのキーワードが巷間をさまよっている。ある意味で危機感の蔓延であり、実体経済まで崩壊していくこれからの厳しいシナリオがないともいえないようである。 
  さらに世間では「辻斬り」が横行し、ポジティブな話題はあっという間に通りすぎていっている。そして医療の崩壊、教育の崩壊、民族の崩壊とくれば何を頼りに身をたてていくのかと寂しさばかりがこみあげてくるのである。個の自由さと危なげさは紙一重でもあり、連帯という安心感のために人を訪うのであろうか。
  ずーと思っていたことであるが、多くの人が不安心理に苛まれ、過剰な反応をするのは一時的なことでもないらしい。社会不安がじわじわと日本を覆っている感じがする。右往左往しながら怒りで振り上げた手のやりどころにもこまった危機駆動型の日本人はこれからどう立ち振る舞うのであろうか。

 収縮が続くと、脳の血管については脳梗塞になってしまうリスクがある。
  くも膜下出血後にみられる持続性の脳血管収縮に対する特効薬は未だにない。そのために元となる血液を早期に洗い流すことが、一番いい方法と考えられてきた。薬剤でも手術の力でも元凶の血をクリアアウトすることが大事という訳である。水の力でウオッシュするマジックであって基本でもある。 収縮が続けば、脳組織の末端は虚血に陥り脳梗塞となる、しかもその脳梗塞は非可逆的なことが多い。つまり細胞死である。それを回避すべく出血させない、破裂させないという観点から、つまり遡って未破裂の段階での脳動脈瘤を治療しようとしてきたのがこれまでの脳神経外科の一つの側面である。
  しかし、いまだにどういうタイプが破裂してどういうタイプが破裂しないのかという明瞭な振り分けはできていない。危険ブザーはならないし、センサーも起動しないのである。そんな「地雷疾患」を軒並みに治療していくことにもまた大きな無理がある。唯一救いといえるのは、それほど従来思っていたほどには破れない、出血しないということがわかってきたことである。 
  でもなにかが、暴発を促進する何かがあるのである。そのイニシエーターないしスイッチというのを突き止めることがわれわれの夢でもあるのだが。

小梅がいった。
「またわけの分からないことをいっている、いつも先生はかわらないよねー、元の元が大事というのはわかるけど」
「日はまた昇るっていうし、縮んだら延ばせですよね」

 

「情報の共有と伝承」

 かつての先輩の手術を振り返ると、今だからいえるということが多い。
  A 先生は、寡黙な人で淡々とさりげなく冷静にこなす人であった。見て覚えろという感じで余計な手出しも嫌うという形であった。紳士的であり、威厳があり姿勢の正しさと凛とした武士のスタイルをもっていた、まさに武家の段取りと形であった。
  B 先生は、最初から最後まで一人芝居が得意で解説者のごとく手と口が同時に動いていた。それが勉強にもなったし、印象的な名言とともにそのときの情景までインプットされたものである。道具マニアで工夫マニアでナルシストにみえたものである。とにかく最高峰を目指すスキーの好きな先生という印象であった。他の人ができない手術をするのが役目と信じていた先生といえる。
  C 先生は、寝るな、テレビ見るな、患者に張り付けという人でこちらはともかく、寝なくても平気な人であった。外国に負けたくないという意地があり、オリンピック強化選手のようにあつかわれた。仕事はきつかったし食糧事情もさびしかったが、ともかく世間の広さを知っていた人である。そのつらさも含めてであるが。手術で血を出すとよく怒られたものである。
  D 先生は、温和で手とり足とりのタイプでありながら、芸術的な気持ちを大事にする人であった。とにかく一緒の行動が好きであり、仕事も遊びも家庭も全部先生の掌中に組み込まれていた。時々こっそりと憂さ晴らしとガス抜きを求めたものである。それでも全部把握されてはいたのにはまいったが。 家族的集中管理型といえたかもしれない。
  いいたいことは、それぞれが個性的であったし、先輩として伝える何かをもっていたと思うのである。 今、声高に求められているのは情報の共有化である。共通のプラットフォームを構築してデータベース化した情報に基づき、方向性の誤りを是正するためにも共有化と開示が必要であると。これについては分かるようで分からない自分であるが、新幹線の運行センターとかペンタゴンとかの戦略室を想起させる匂いがする。つまり精度向上のためにはデータベースは絶対必要である。しかし、態度とか生き方とか、言葉とか背中で伝えることとは異なるものかなと思うのである。部下がセンターにアクセスしてデータを活用するとしても、今大事なのは先達の生きてきた方法のデータベース化であろうかと思う。人の動きを把握できても心の動きをどうするのか。その人の匂いというのをいれないとどうも行き着く先が楽しくない気がしている。行動は歴史のなぞりと自分の好きこのみである。
  やはりマックでなくてラーメン屋思考なのであろうか。
  おりえが言う。
  「私もラーメンが好きですよ、あのバリエーション、流行っては廃れ、復活しては捜し求め、それこそ試行錯誤じゃないですか、動いていますよ」
  「大きなイノベーションはないかもしれないけど、安心ふるさと的でいいなー」と。

 

「トレンドと予測」

 2008 年の予測とかをあらためてみてみると実に面白い。米ドルの強さはかわらないだろうとか、アメリカの大統領はヒラリーで決まり、 BRICs はやはり強く、中国のバブルは持続するとかの予測があった。多くの予測はそんなものである。 2008 年が特別な年であったのかいえば何にもならないが。そしてそんな雑誌が今でも置いてあるから、いつ雪崩が起きてもいいような机まわりであるのだが。机まわりだけでなく部屋のなかはハザードでいっぱいでしょうと回りは言っている。
  それはさておき、聖域なき我慢のあとに政治の劣化と国の安売りという閉塞のあとにあるのは何であろうか。トレンドに背をむけて北海道に移民してくる人々が増えることもないであろうか。食糧自給率が低い日本にあって、エコと安全性という名のもとに北海道の相対的価値が上がるのであろうか。 
  無駄と効率性は、適正配分と知的誘導に左右されると思う。何らかの覚悟と誘導パワーが必要なのである。机上のなんとか基本法ばかりがあるけれど、健康日本 21 についてもその達成率は高くはない。もっともっとずーと先の夢につながることがないかなーと思うのである。
  これから医師のワークシェアーはありうるであろうか。自分のオフイスと病院との連携一つにとっても我が城という壁は厚い。病院の淘汰が進めば、受診抑制と医師のヘッドハンティングが当然進む。面倒な官製の検診がコンビニ検診となり、先端医療を担う若い医師は都市に益々集中するのであろうか。若者は社会の財産であるが、医療と食糧が元気にならないと若者も大きくならないであろうに。
  みひろがつぶやく。
  「病院とか食品は税率を減らすべきですよ。パイの奪い合いばかりで何もわくわくしないなー、やはり福澤君は大事ですよ」
  「道の駅は制覇したけど、ますます地方は大変ですよ。払うべきものが多すぎですよ」と。

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